☆両国橋の袂に、老舗のお菓子屋さんがありました
題 名:日本橋バビロン
整理番号:C-14
ジャンル:歴史
読んだ時:平成20年 69才
著 者:小林信彦
出版社:文芸春秋
内容・感想:
友人の永井君に借りて、正月のお休み中に読んだ本です。
私が去年の7月まで籍を置いていた、日本橋の浜町から、程遠からぬ
両国地区を中心に書かれた叙事詩です。
ですから、とても懐かしく読みました。
現在、両国というと、隅田川を渡って墨田区に入った所からを指しますが、
以前はこちら側の、現在東日本橋の住居表示になってる所も、両国だった
・・・と云うより、墨田川の西側の「西両国」の方が本当の両国として
栄えていたのだそうですから面白いですね。
江戸時代には隅田川の向こう側の「東両国」は江戸の外であったそうで、
かの有名な明暦の大火で焼け死んだ人々を葬るため、向こう側に
「回向院」が建てられ、その後、逃げ場を失わないために両国橋が
整備され、橋の西側と東側の袂にそれぞれ広小路と称する広場も設定
されたのだそうです。
著者はその「西両国」の老舗菓子屋、「立花屋」に生まれました。
跡目を継いでいれば十代目だったのですが、残念ながら彼の父親の
代の時、太平洋戦争でB-29の絨毯爆撃のために工場も住居も丸焼けに
なり、従業員たちもそれぞれ独立したりして結局立ち行かなくなって
しまったのでした。
しかし、九代目には酷ですが、八代目は関東大震災でやはり壊滅的な
被害に遭ったにも拘わらず、立派に建て直したと云うから大した物です。
八代目は千葉の八日市場の出身で、認められて「立花屋」に婿養子に
入り、あまりパッとしていなかったお店の卯建(うだつ)を上げた程の
才覚の持ち主だったのですから、寧ろその方を褒めるべきでしょう。
この本の作者は九代目の長男ですが、苦学して早稲田の英文科を出て、
小説家として世に出て、小生より六つ程先輩の77歳で、お元気な
ようです。
唯、この本の最後の方の恨み節とも言える、父の兄弟たちに対する
くだりは、時効になったからとは云え、いただけない文章と思いました。
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